茶色の朝から
『ある日、俺は、ビストロで友人のシャルリーから、彼が犬を安楽死させたことを聞く。理由は、その犬が「茶色じゃなかったから」。』
なん年か前、「茶色の朝」という本をよんだ。
絵本のような薄い本なので、機会があれば、よんでみてください。
〜あるとき、茶色以外の猫をとりのぞく法律ができる。
街の自警団は、毒入り団子を無料で配布し、えさに混ぜて処理をする。
胸がいたむが、のどもと過ぎれば熱さも忘れてしまう。人間とは、そんなものだ。
そのうち、茶色以外の犬、茶色新報以外の新聞、茶色ラジオ以外のラジオ、
あらゆる茶色以外のものは、いっさい存在をゆるされなくなっていく。
茶色に身をつつんでおけば安心だ。言葉や単語に茶色を加えて、あとはいつも通りに過ごせる。
しかしそのうち、「前に飼っていた犬が茶色でなかった」ことが、国家反逆罪になるといわれる〜
ナチスを連想するような、ファシズムへたどる恐ろしさが、”いつのまにか”に描かれている。
実際そのときも、いつのまにかだったのかもしれない。
「私たちのだれもがもっている怠慢、臆病、自己保身、他者への無関心といった日常的な態度の積み重ねが、ファシズムや全体主義を成立させる重要な要因であることを、じつにみごとに描き出して」いる。と、高橋哲哉氏は、本書への「メッセージ」のなかでこう述べている。
そもそも、”あたりまえ”なんてまぼろしだ。
きのうまでの”あたりまえ”が、今日、あたりまえでなくなっても
いつのまにか、新しいあたりまえに慣れているし、
囲いの外にでれば、いつだって、別のあたりまえがまっている。
実体のない情報社会で
基準点は、じぶんで決めるしかない。
なん年か前、「茶色の朝」という本をよんだ。
絵本のような薄い本なので、機会があれば、よんでみてください。
〜あるとき、茶色以外の猫をとりのぞく法律ができる。
街の自警団は、毒入り団子を無料で配布し、えさに混ぜて処理をする。
胸がいたむが、のどもと過ぎれば熱さも忘れてしまう。人間とは、そんなものだ。
そのうち、茶色以外の犬、茶色新報以外の新聞、茶色ラジオ以外のラジオ、
あらゆる茶色以外のものは、いっさい存在をゆるされなくなっていく。
茶色に身をつつんでおけば安心だ。言葉や単語に茶色を加えて、あとはいつも通りに過ごせる。
しかしそのうち、「前に飼っていた犬が茶色でなかった」ことが、国家反逆罪になるといわれる〜
ナチスを連想するような、ファシズムへたどる恐ろしさが、”いつのまにか”に描かれている。
実際そのときも、いつのまにかだったのかもしれない。
「私たちのだれもがもっている怠慢、臆病、自己保身、他者への無関心といった日常的な態度の積み重ねが、ファシズムや全体主義を成立させる重要な要因であることを、じつにみごとに描き出して」いる。と、高橋哲哉氏は、本書への「メッセージ」のなかでこう述べている。
そもそも、”あたりまえ”なんてまぼろしだ。
きのうまでの”あたりまえ”が、今日、あたりまえでなくなっても
いつのまにか、新しいあたりまえに慣れているし、
囲いの外にでれば、いつだって、別のあたりまえがまっている。
実体のない情報社会で
基準点は、じぶんで決めるしかない。
